神戸マラソン前日
まだまだ大腿四頭筋の筋肉痛がひどいですが、昨日のうちに時間をかけて半ば強引にストレッチしておいたので、階段の昇降はロボットみたいだけど、明日には人間らしく昇降できるようになるのではないかと思います(^^ゞ。
ペダリングする分には全く痛くないので、今日はマッサージのつもりで負荷を掛けずに軽いギアで1時間ほど固定ローラーでバイクに乗りました。
筋肉痛が少し和らいだ様な気がします。
さて、記憶が鮮明なうちに、神戸マラソンを振り返ってみようと思います。
大会前日の22日の土曜日に、仕事を終えてから受付に行きました。
駅から受付会場まで迷うことがないように、こんな案内看板を持った方がいてくださいました。
大会を通じて完璧な運営だったと思います。
受付は金曜日から始まっていたのですが、前日の夕方ということで混んでいるのではないかと思っていましたが、全く待つことなくすぐに終わりました。
今年の第4回神戸マラソンのテーマは
2♡年目のありがとう
震災20年目の感謝と友情
でした。
明石市は東西に長く、ボクがいたのは西の端で、アパートの前の道路を渡れば西隣の加古川市っていう場所だったので、直接的な被害は無いに等しい程度でした。
生後一ヶ月の長男と嫁さんと川の字に寝ていて、遠くから迫りくる地鳴りのようなゴゴゴゴゴーという音で目が覚めました。
あれは何の音だ?と思った直後に激しい揺れを感じて、すぐに嫁さんの上に覆い被さりました。
気付いた嫁さんが長男の名前を叫び、そうだ!子供がいたんだ!ってことを思い出して長男の上に覆い被さりました。
それまでに経験したことがない激しく長い揺れが続きました。
揺れがおさまってから見たら、ボクが寝ていた顔の辺りは、箪笥の上から落ちてきたハードカバーの本が山積みになっていたので、もしも気付かずに寝ていたら、きっと顔に痣ぐらいできて鼻血ブーになっていたことでしょう。
その長男が来月二十歳ですからね、あれから20年たつわけだ。
すぐにテレビのニュースを見て、震源地が近いってことはわかったのですが、被害の状況はすぐにはわかりませんでした。
ベランダから外を見ても、プロパンガスのボンベが1本、倒れて道路に転がり出ていた以外には、アパート周辺には何の被害もないように見えました。
部屋の中では、ブラウン管の重いテレビが何十センチも移動していたり、食器棚の中で茶碗が落ちていたり、本棚の本が落ちていたぐらいで、被害と言うほどの被害はありませんでした。
いつものように出勤して、午前中の仕事を終えてテレビを点けたら、神戸の街の至る所から黒い煙が湧き上がる衝撃的な映像が映されていました。
あの瞬間に何の罪もない大勢の方々が亡くなられたんですね。
ほんの数十キロ離れていただけで、ボク達家族は普段と殆ど変らない生活を送ることができて、段ボール箱に古着やらティッシュペーパーやら、いろいろ詰めて何箱も郵便局に持ち込みました。
あれから20年かぁ。
マラソンだトライアスロンだと、好きなことができるというのは本当に本当に幸せなことなんですね。
ボクなんかそんな気持ちはすぐに忘れてしまうので、謙虚な気持ちを思い出させてくれる意義ある大会に当たったことに心から感謝しています。
続いて物販店が並ぶブースを通過しました。
物販店のブースには興味はないし、人混みでインフルエンザウィルスでももらったらタイヘンなので、すぐに帰りたい人はすぐに外に出られるようになっていれば良かったなと思います。
早く帰って明日の準備をして寝なきゃ!
トライアスロンの大会でもらうことが多いゴワゴワした厚手の生地ではなくて、薄くて軽い生地なので、これは使えますね。
皆でひまわりの花をたくさん咲かせましょう!っていうことで一斉に手を振ったのですが、季節がらどう見てもイチョウの葉だな(^^ゞ。←謙虚な気持ちはどこ行った?
ありがとうね。
おっちゃんも偉そうなことは言えないけど、知ってる漢字は使おうね(^^ゞ。
悲惨な結果に終わってしまった原因をず~っと考え続けています。
ボクの力不足と言えば確かにそうなのですが、それだけではない何か他の原因があるはずです。
オレの実力はこんなもんじゃない!と思いたい!←謙虚謙虚(^^ゞ
2度の失敗から次につながる何かを掴み取らなければ、今後も失敗続きになるという危機感を持っています。
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by piyopiyodesu | 2014-11-24 16:30 | マラソン大会 | Comments(8)
俺の実力はこんなもんじゃない…。
去年死ぬほど苦渋を味わったので、その気持ちよーくわかります。
バラモンキングでアイアンマンのサブ4、しかもトライアスロン始めて1年で達成しているぴよぴよ大先輩に私からは何も言えることがないって思ったのですが、強いて言うなら…。
うーん、やっぱりない。笑
あ、あった!
「そういう時もある❗️」
です。 笑
あとは、つい最近イタリア人のトライアスリートでランナーの友達が、コーチについてトレーニングして臨んだバレンシアマラソンで3:11:00をマークしましたよ。
彼はすでにサブ3.5達成していましたが、とにかく長短含めて沢山のレースに出ている人です。
しょっ中ランニングレースやジム(近所に住んでいて同じジムでした)で会うので、夫共々友達になったのですが、とってもストイックでマメに走ったり筋トレしてます。
そのひとでさえ、タイムに波がありますから大丈夫ですよ❗️
でも他の所ではポチしましたよ。
速報の意外な結果に驚いてますが、内容知りたいし、今後の為にも穴から出てきてレポお願いします<(_ _)>
会心の走りができたことの方が少ない。
練習していても、また本番では走れないんじゃないか、
そんなことのためになぜ練習するんだ、って走るのをやめてしまおうと思うこと数知れず。
でもやっぱり走り出してしまうのです。不思議ー。
あの日から20年かぁ。早いですね。
私は成人式の翌々日でした。
神戸に帰って久しぶりに会った同級生が、二日後まさか家の下敷きになるなんて。
去年神戸マラソンを走った時は、懐かしい垂水の街で少しうるっと来ましたよ。
また走りたいなあ、神戸マラソン。エキスポは物を買わずに募金をする場所です(笑)
穴に入りかけたけどやっぱり止めて出てきました(^^ゞ。
ボクには既にサブ3.5で走れる能力はあるはずです。
ただ、その能力の引き出し方を間違えているのだと思っています。
まだチャンスは残っていますからね、次を見ていてください。
ありきたりですが、今を大切に、生きていることを無駄にしないように、何事にも前向きに精いっぱい取り組んでいきたいですね。
私からすると立派な記録ですけど、早い方からしたら満足いかないんでしょうね。
あれから20年ですか・・・
うちの息子も20歳になりましたが、まだ産まれたばかりの頃の出来事でした。
今ではどこで災害が起きてもおかしくないですね。
被災状況もニュースや映像ですぐに伝わってきますので、距離は離れていても映像を通して痛ましい震災を忘れません。
私もマラソンを走りながら、この幸せな時代がずっと続きますようにと思うことがあります。
あれだけ大勢の人が沿道の応援やスタッフの協力で走れるなんて、本当に幸せな時代なんだなと思います。
本当に災害列島日本ですね。
日々の平凡な生活が送れるだけでも感謝しないといけませんね。何かイベントに参加する度に、謙虚な気持ちを思い出すきっかけにしています。